「菊芋(キクイモ)」という野菜をご存知でしょうか。
菊芋とは、北アメリカ原産の多年草で、花がキク、根がイモに似ていることが名前の由来になった作物です。種類としては、ゴボウ、ヤーコン、シュンギクと同じキク科です。
見た目はショウガやジャガイモのようですが、水分と炭水化物を除いた成分がデンプンではなく、”イヌリン”という特殊な食物繊維を多く含んでいることが特徴です。
今回、そんな菊芋について、菊芋食の研究所「菊のの」の中山しげ子さんにその秘められた力と可能性を伺いました。
菊芋の数奇な歴史
私たち
「菊芋食」の研究って、どんなことされてるんですか?
中山さん
菊芋ってね、ほんとに面白い作物なの。古くはアメリカインディアンが栽培していた作物で、今でも品種改良がされていないのよ。日本では菊芋のスゴさが全然知られていないなと思って、菊芋を日常に摂り入れやすいようにチップスやシロップ、パウダーに加工したりして、色々な調理法を研究しているの。
私たち
現代の野菜は、品種改良の歴史の上にありますよね。
中山さんは、なぜ菊芋に目をつけたのですか?
中山さん
菊芋の歴史は古いのよね。北アメリカが原産地だけど、いつごろ誕生したのかはわかっていない。17世紀にイギリスの探検家がインディアンの菊芋畑を見つけたことが始まりで、その後ヨーロッパに持ち込まれ、パリの街角でも売られていたみたい。欧米では「topinambur(トピナンブール)」と呼ばれてフランス料理にもよく使われてるの。
菊芋に焦点を当てたのは、やっぱり菊芋に豊富に含まれる“イヌリンの力”を目の当たりにしたからね。
私たち
イヌリンの力は後ほどお伺いするとして…
もう少し菊芋の歴史を教えてください。
中山さん
菊芋を大きく分けると北アメリカ産の原種に近しい白色種とヨーロッパの土地で育ってきた紫色種の2種類があるの。最近では、育てやすいヨーロッパ由来の赤紫色の菊芋が増えてきたわね。
日本には、幕末にアメリカ人が白色種を持ち込んだといわれている。だけどジャガイモや山芋に比べて、味にクセのある菊芋はなかなか受け入れられず、繁殖力も強いことから広がらなかったのよ。
私たち
昔、母が畑に植えたんですが、大繁殖して取り返しがつかなくなったと聞きました。
中山さん
あらら、それは大変でしょう!
菊芋は、畑が地面だと根が1-3mも伸びるから根絶が難しいのよね。それに、太陽光が豊かで、年間の最低気温が16°より低い場所であれば、無肥料でも育ってしまう。だからね、日本中で野生化してしまったの。
その分、収量も大きいことから家畜用の飼料として扱われたり、戦後の食料難の時代には、各地でお米と共に栽培が奨励されていた歴史もあるの。
私たち
現在では、スーパーでもあまり見かけない食材ですよね。
中山さん
ええ、高度成長期になると、菊芋はその繁殖力の強さから「要注意外来生物」として雑草のように扱われて各地で駆逐されたの。芋の切れ端をその辺に捨てておくだけでも芽がでちゃうからね。時々、道端で菊芋が自生しているのはその名残なのよ。
私たち
それが今ではスーパーフードとして注目を集めていると…。なかなか数奇な歴史を持つ作物ですね。
中山さん
以前ね、菊芋の繁殖力を抑えて、ジャガイモのように栽培できるよう品種改良を試みた東大の先生がいたんだけど、菊芋の需要が減ってから研究も頓挫してしまったの。菊芋の需要が増え始めたら、品種改良されるかもしれないね。
菊芋に秘められた力
私たち
中山さんが菊芋の力を実感したお話をきかせてください。
中山さん
薬事法があるから、あくまで体験談なんだけどね。
15年ほど前に義理の父が突然、糖尿病で入院したのよ。焼きそばとあんパンが大好物な人で、退院後も薬を飲みながら血糖値をコントロールしていたの。
私たち
糖尿病は、若い世代でも増えていると聞きますね。
中山さん
ある日、義父が菊芋を食べると血糖値が下がるという話を何処かで聞いてきてね、真面目な人だからそれを真に受けちゃって、菊芋をスライスして天日干ししたものを毎日食べていたのよ。
当時、私は長い間、医療機関に勤めていて、大勢の糖尿病患者さんを診ていたから食事療法の難しさを知っていた。でも3ヶ月経った頃、本当に血糖値が下がっていたのよ。
私たち
それは、すごいですね。
中山さん
血糖値は基本的に食事を抜けば下がるんだけど、過去2-3ヶ月の平均値を示すHbA1c(ヘモグロビンA1c)が下がっていて、それがすごく衝撃的だった。あり得ないと思ったね。
私たち
私の両親も血糖値を抑える薬を飲んでいるので、毎日食べてもらおうかな……。
中山さん
食べた方がいいよ!
そこから菊芋って何モノ!?って思って調べ始めたわけ。すると菊芋研究の本があることを知って、その第一人者の方の名前がね、なんと中山繁雄さんっていう方だった。私は中山しげ子だから、これは絶対、運命だなって!
私たち
それもまた信じがたい話ですね(笑)
中山さん
そこから中山繁雄さんに電話をかけたらと偶然繋がってね。色々と教えてもらうことができた。知り合いや新しい情報も増えてきて、本腰を入れて菊芋食の事業を始めることになったのよ。
イヌリンって何?
私たち
菊芋は、毎日食べると身体にいいんですか?
中山さん
菊芋の塊茎には”イヌリン”という糖の仲間が平均8〜15%ほど含まれていてね、多糖類なんだけど、人間の消化酵素では消化できないので「食物繊維」に分類されているの。水に溶ける性質を持つことから「水溶性食物繊維」とも呼ばれている。
この性質が腸内の乳酸菌やビフィズス菌のエサになって、菊芋のいい効果を生んでいるの。
私たち
普通の食物繊維とは違うのですね。
中山さん
食物繊維は大きく分けると「不溶性」と「水溶性」があって、どちらの食物繊維も大腸内の細菌によって発酵・分解されて腸内細菌のエサになるの。
水溶性食物繊維は、水に溶けるとゼリー状の繊維になって他の炭水化物や脂質などの吸収を妨ぐ効果がある。炭水化物をゆっくり分解するから、インスリンの過剰な分泌を防ぐのよ。だから食後の血糖値の急上昇を抑えてくれるわけ。それに不溶性に比べて吸着性も高く、小腸でコレステロールや胆汁酸も吸収してくれる。
私たち
実際、菊芋を食べて血糖値が下がったエビデンスや実験はあるんですか?
中山さん
国内外で様々な臨床実験はされているけど、以前、菊芋のシロップを使って血糖値を測定したことがあって、食後1時間ほどで効果が出始めたの。
私たち
本当だ、少し下がってますね。イヌリンが含まれている野菜は他にもありますか?
中山さん
イヌリンは、牛蒡、玉葱、ニンニクにも含まれていて、とくにキク科の菊芋とチコリに多く含まれているの。
イヌリンの分子構造も特徴的で30個程の果糖と1つのブドウ糖が鎖状につながった形をしているんだけど、「菊芋イヌリン」と「チコリイヌリン」では構造が違うのよ。
チコリイヌリンは分子が一本の鎖状なのに対して、菊芋イヌリンは複数に枝分れしているのよね、それも菊芋の効果が高い理由といわれている。
私たち
毎日取り入れると効果がありそうですね。
中山さん
菊芋に限ったことではないけど、食物繊維をバランス良く取り入れると、ビフィズス菌や乳酸菌が活性化するの。すると腸内細菌は「単鎖脂肪酸」と呼ばれる酸性の物質を食べカスとして排出するので、腸内が弱酸性になるわけ。
弱酸性になると、悪玉菌の増殖や炎症を抑える作用が生まれたり、食欲を抑制する「GLP-1(別名:痩せホルモン)」を増やすことができる。自然と健全なダイエットもできるの。
私たち
なんだか、腸内も自然栽培をする土壌と似ていますね。
中山さん
そうね!菊芋は、イヌリンだけじゃなくポリフェノール、体内バランスを調整するカリウムやマグネシウムなどのミネラルも豊富に含んでいることも特徴かな。
私たち
食べる量はどのくらいがいいですか?
中山さん
イヌリンの1日の摂取目安は2gなので、健康維持だけなら毎日のちょっとしたオヤツ程度で効果が期待できると思う。生食すると大変だから、私は加工品を上手に組み合わせることをお勧めしているのよ。
私たち
確かに、手軽に取り入れるアイデアはいいですね。どんな方が主なお客さんなんですか?
中山さん
やっぱり糖尿病の方が多いかな。
世の中にはイヌリンを摂取できるサプリがたくさん出ているけど、私はなるべく農薬や化学肥料を使わずに栽培された菊芋の自然素材を活かしたものがいいなと思ってチップスやシロップ、パウダーを広めたいと思ってるの。
放射能と菊芋
私たち
中山さんは菊芋の栽培もされているんですか?
中山さん
加工する菊芋は、地元の契約農家さんから仕入れてるよ。菊芋って根が3m近くまで伸びるので、土壌の養分を吸い上げる力が強いの。
だから連作し続けると、畑が荒れてしまうだけじゃなく、菊芋のイヌリンの含有量も減ってしまうといわれていて、契約農家さんには耕作地を変えながら栽培してもらってるのよ。
私たち
無肥料や痩せ地でも育つとはいえ、質の良い菊芋を栽培し続けるには耕作地の管理ができるプロ農家の方でないと難しいのですね。
中山さん
土壌の養分の吸収力の話で言えば、もう一つ言いたいのがね。菊芋とセシウムの関係。
ベラルーシに「ベラルド放射能安全研究所」というチェルノブイリ原発事故の放射能汚染の調査・研究を行う機関があるんだけどさ、ある会見で、そこの副所長が「放射能汚染地域で菊芋を栽培しても、菊芋には放射性物質が蓄積しませんでした。汚染地域でも菊芋はセシウムを吸収しないので、安心して食べることができます。」と発表したの。
実際、事故後の調査で菊芋を食べる習慣がある地域では健康被害の報告はされておらず、菊芋はセシウムを排出する効果が期待でき、研究が進んでいます、日本のお母さん、子ども達に菊芋を食べさせてください、とメッセージを残したのよ。
私たち
菊芋は土壌から吸収したセシウムを排出してくれると…。その話が本当なら興味深いですね。
中山さん
菊芋はまだまだ解明されていないことがたくさんあるの。
放射性物質だけでなく、有害金属に汚染された土壌を植物の吸収力を利用してきれいにする方法を「ファイトレメディエーション」と呼ぶのだけど、菊芋のファイトレメディエーション能力はもっと研究されても良いのではないかと思ってる。
日本では、カドミウム、銅、ヒ素などの元素とその化合物が特定有害物質とされていて、そういう土壌を改善にする試みにも菊芋も役立つかもしれない。
私たち
何気なく直売所で見ていた菊芋にそんな力があるなんて知りませんでした。菊芋を食べる機会が増えれば社会が変わりそうですね。
さいごに
菊芋への熱い探究心、身近な人が救われたという実体験から確信へと変わり、気づけば菊芋食の研究者になった中山さん。意外と知られていない「菊芋」と「イヌリン」のこと。
糖尿病で悩む人が増えている今、昔からあった菊芋の力には大きな可能性が秘められているのかもしれない。
中山さん、ありがとうございました!
菊芋食の研究所 菊のの
公式Webサイト:https://kikunono.com/
公式オンラインショップ:https://www.ec-kikunono.com/SHOP/287325/list.html
中山さんの菊芋レシピ:https://kikunono.com/blog/recipe/
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