その土地で、代々受け継がれたきた野菜や、農的生活をする人々を巡る旅「Native Seed Travel 」。
その第五弾は、とある農家を訪ねるため、東京都へ。
数ヶ月前、私たちが密かに始めたラジオで、他愛もない会話に、いつも優しいコメントをくださる農家さんがいた。それが東京都調布市で、自然環境に配慮した農業を実践する「Farm Koyama」の小山さんだった。
東京という大都市の中で、どのようにして農業を営んでいるのか?そして、なぜ東京で農業を続けているのか?
お話を聞かせてください、と連絡すると、小山さんは、快く取材を受け入れてくださり、都市農家ならではの課題や、東京だからこそ出来る農業のあり方を教えてくれた。
大都会で「農家」を営む
私たちが住む栃木県茂木町から高速道路を走って、約2時間。
東京を訪れるのは、半年ぶりだったが、地方とは建物も雰囲気もまるで別世界。
改めて、日本最大の都市だと実感した。
本当にこの場所で、農業なんて出来るのだろうか?
そんな疑問を持ちながら、「Farm Koyama」がある調布市へと向かった。
京王線の国領駅から歩いて3分、多くの人が行き交う住宅街の一角に、公園のように佇む畑があった。畑の周辺には、多種多様なハーブや花が植えられ、数名の小学生がボール遊びや追いかけっこをしていた。
「都会にもこんな場所が残っていたんだなぁ…」と、懐かしい気持ちになれる場所だった。
畑を見ていると「Farm Koyama」の小山康博さんが話しかけてきてくれた。
調布市の住宅街にある「Farm Koyama」の農地は、代表の小山康博さんの家族代々の土地だ。
小山さんは、今から10年前、祖父母の代から畑をしている農地をお父さんから引き継ぎ、現在は、妻の暁美さんと共にマンション経営を兼業しながら、自然環境に配慮した農業を営んでいる。
作物は、約60種の野菜やハーブ、花を減農薬・有機肥料で栽培し、年間で約25000袋、約5tを近隣のJA直売所、スーパーやコンビニ、イベントやマルシェへ出荷している。その他、農園を地域のコミュニティ拠点として、農体験やワークショップの提案なども行なっている。
私たち
小山さんが農業を始めたのは、いつ頃ですか?
康博さん
今から10年ほど前ですね。42歳の頃かな。
もともと僕は、工業関係のメーカーでエンジニアをしていましたが、この場所で農業をしていた父が70歳を過ぎた頃から体調を崩してしまい、長男である僕が専従者として父の下で農業を始めたのがきっかけです。
父に5年ほど農業を教わった後、徐々に妻と栽培品種や圃場の管理をするようになりましたね。
暁美さん
私は、花やハーブなどのグリーンを主に担当していて、小売の注文管理や渉外、SNSの広報を任されています。夫の試みや考え方を、夫に代わってお客さまに伝えている、という感じですね!
私の実家は、群馬県で専業農家をしているんです。だから、物心ついたときから農家を継ぐプレッシャーを感じていて…。それと田舎特有の人間関係が苦手だったことから、大学進学を理由に上京しましたが、気づけば農家の嫁になっていました(笑)
私たち
まず率直な疑問ですが、東京の住宅街の中で農業は仕事として成り立つのですか?
康博さん
僕の知る限りでは、調布市に専業農家は、ほぼ居ないですね。
少なくとも、私たちのようにアパート経営や駐車場経営をしている兼業農家です。
近隣の都市農地もここ10-15年で約半分以下になりましたね。あと50年で限りなくゼロに近くなるんじゃないかな。
暁美さん
周りが住宅街なので、騒音、農薬、肥料臭、虫、病気とか気を遣うことが多いよね。一度、草刈り機の騒音でクレームがあって、電動品に変えたりしました。
実家が専業農家なのでよく分かりますが、地方と東京では、同じ「農家」といっても、全く別の職種のように感じています。
私たち
都市農業ならではのご苦労がありそうですね…。
康博さん
それに住宅街の中では、除草剤や農薬を使わずに栽培することは難しいですね。
ただ、環境に配慮したり、農薬を抑えた栽培をしたいという思いがあるので、有機栽培用の農薬、除草剤や有機肥料を使用して、日々野菜と向き合っていますよ。
農薬を使わないと、長い間収穫ができないトマト、ナス、キュウリの栽培は、諦めていますね。
暁美さん
そう、潔く諦めるっていうね(笑)
品揃えは多くはないけど、旬を大切にした野菜を販売しています。認証としては「東京都エコ農産物」というものがあって、数年前から認定を受けています。
私たち
初めて聞きました!「有機JAS認証」とは違うのですね。
康博さん
都市農園は、見渡す区画の全てが自分の圃場ではない場合が多いので、「有機JAS認定」が受けれないケースが多いんですよ。農薬や除草剤を使う農地もありますので、減農薬認定が限界ですね。
「東京都エコ農産物」は、東京都の慣行使用基準から化学合成農薬と化学肥料を削減して作られる農産物の認証です。2021年の時点で、東京都の約500軒くらいの農家が認定を受けていますが、あまり知られていません。
私たち
野菜を購入するリピーターの方が多そうですね。都市農業ならではの利点はありますか?
暁美さん
出荷先は、近隣のコンビニ、スーパーや直売所、カフェです。野菜を卸している飲食店でも販売しているので、お客さんの感想やリクエストをすぐ聞くことができます。それゆえ励みになる瞬間が多いことが良いところだと思います。
私の場合は、ママ友から「パクチー作って!」と言われ、実際に育ててみたところ大好評でした!規模が小さくて小回りが利きやすい(作付けの変更や珍しい野菜の栽培など)のも東京の農家の利点かもしれませんね。最近では、固定種や在来種の栽培にも挑戦しています。
康博さん
お客さんの声は、聞こえるほど近いよね。
ここ数年で、私たちの考え方や栽培方法に共感、支持してくださる方々から「援農ボランティアやりたいです!」って声をかけてくれる方が増えてきましたね。今は、地域の保育園や小学生を対象に農体験を提案したり、畑を身近に感じてもらえるような情報をSNSで発信したりしています。
暁美さん
コロナ禍が落ち着けば、和綿(日本の真綿)、藍の草木染め、育てた大豆を使った味噌づくり、有機ハーブの栽培などを詳しい方と一緒にやっていく予定です。
もしかすると、東京の兼業農家は、農業の他に収入があるため、新しいことにチャレンジしたりする金銭的や精神的な余裕があるのではないかと勝手に思っています!
私たち
都市に住みながら、毎日、朝採れ野菜を食べれるのは嬉しいですね。環境に配慮した農業をするようになったのは、なぜですか?
康博さん
僕は調布市で生まれ育ち、50年近くになりますが、毎年、気温や降雨量の変化を肌で感じているのが大きな理由です。昔、夏は半袖で農作業できたけど、今年なんて空調服を着ないと暑くてやってられないからね。
毎年、栽培日誌を見返しても害虫や病気が平年より増えていますね。そこはね、畑やってると実感として感じる人は多いと思う。
私たち
環境問題もテレビやネットの情報だけでは、実感が湧きにくいですよね。
康博さん
本で勉強するだけでなく、実感と気付きがすごく大切です。
環境問題だけじゃなく、日々の食生活の大切さも自分の身体で感じて初めて分かりますからね。野菜も自分で食べる分は、自分で育ててみることが大事だと思っています。
暁美さん
ただ、その伝え方を常に気にしていて…。
私は、SNSを担当しているので、限られた文字数の中でいかに何かを感じたり、考えるきっかけを提示できるか、どうすれば伝わるかをいつも考えながら書いています。
都市農家が抱える課題
私たち
都市ならではの農業を実践されていますが、課題と感じることはありますか?
康博さん
やはり相続税と相続問題が最重要難題ですね。これは、日本の都市農家が激減している大きな要因だと思います。
私たち
可能な範囲で教えてください。
康博さん
都市農家は、家屋と敷地の両方がある「屋敷」を持っている場合が多いんですね。
地価の高い都市圏では、その屋敷の相続税の評価額が数千万円になることがあります。大阪や名古屋でも相続税は、今値上がりしています。
私たちのようにマンションを経営していたとしても、そのマンションの資産価値が金額化されて、毎年すごい固定資産税を払わないといけないんです。
私たち
大きな現金収入がないと、税金を払い続けることが出来ないわけですね。
康博さん
そう。屋敷を守り続けるために、相続の時に農地を切り売りせざるを得ない。
相続問題は、農家だけの課題ではありませんが、例えば、農地を相続する兄弟が2人居たりすると、その農地を現金化して半分に割らないといけませんよね。ということは、農家の事業継承ができないことになります。
人を「個」に分断する税金の仕組みが変わらない限り、都市農家は減り続けると思います。
私たち
そんな現状の中で、小山さんが東京で「農業」を営む理由って何ですか?
康博さん
それは、僕の曽祖父さんの話になるけど、「農業」を継ぐというより「家」を継ぐ。お墓を守る気持ちですね。曽祖父さんは、この場所で木材関係の仕事をしながら、畑を自給畑として使っていました。今でいう”半農半X”みたいなものですね。
昔、この周辺には、油屋、下駄屋、鍋屋などの屋号を持つ方が沢山いましたが、みんな農業をしながら、仕事をしていました。自給自足であり、別に収入源があったんです。僕は、調布市のその歴史や文化を素晴らしいなと思っていて、祖母に「お墓を守ってね」と言われたのが、今も心に残っているんです。
私たち
ここから近い世田谷区の喜多見地区も、ほぼ一帯が農地だったと知りました。小山さんも幼い頃と景観の変化は感じますか?
康博さん
小学生の頃は、南の多摩川まで農地が広がっていましたね。
この辺りは、旧甲州街道が通ってて、数メートル間隔で農家の家が道路に並んでいたんです。当時は、家の塀に木戸があって、自由に隣の家と行き来ができました。お隣さんでお昼ご飯をご馳走になったり、祖父母の畑仕事を手伝ったりしていました。景観だけでなく、普段の生活様式や地域のコミュニティのあり方も大きく変わったなと感じています。
私たち
私たち夫婦は、以前まで都会に住んでいたのですが、ご近所さんとのお付き合いも苦手だった時期がありました。ものすごく近い距離に住んでいるのに、相手のことを知ろうともしなかった。
康博さん
今は、暮らしに必要な資源を、お金を出せば買える便利な時代ですからね。ご近所で助け合うことはないですよね。それも都市部で、ご近所付き合いが減っている要因の一つだと思います。
昔のように…とまでいかなくても、これからの都会では、地域に住む人同士が認め合うような、程よい繋がりを持つ”緩やかなコミュニティ”が求められると思いますね。
康博さん
生活様式でいえば、今、ストレス社会と言われますが、若い人でも仕事の悩みを抱え込んで病気になってしまう方が増えていますよね。共働き世帯が増えて、子どもが1人になる時間も増えているはず。
僕は、年を重ねてから、幼い頃を思い返すと「幸福感」があったことに気付いたんです。
夕飯は、必ず家族全員揃って団らんしていましたし、その食事は、味噌汁と旬の新鮮な野菜、お米だった。本当に美味しかったことを覚えています。
当時、父母が仕事の時は、家に祖父母が居ましたし、ご近所の家によく遊びにいきました。1人で寂しい思いをすることなんてなかった。
これからのストレス社会に打ち勝ち、生き抜いていくためには、子どもの頃に心の支えや幸福感を充電しておく必要があると思います。
暁美さん
出来ることなら、自然に寄り添った暮らしがいいなと思います。私は群馬の田舎育ちで、昔は苦手だったはずなのに、最近は、逆に田舎暮らしに憧れるようにもなってきました(笑)
また色々お互いに情報交換していきましょうね。
さいごに
東京という大都会で、どのように農業が営まれているか見当もつかなかった。
この先、凄まじい速度で減少していくであろう「都市農業」と変化してゆく「生活様式」。
税金や働き方の問題など、政治と農業は、切っても切り離せない存在なのだと実感した。
そんな問題を抱えるなか、小山さんは、この土地で育ってきた風景を守り続け、調布という場所で代々、農業をしてきた先祖に対する誇りと並々ならぬ愛情のようなものを感じた。
小山さんが育てた野菜は、本当に美味しいので、ぜひ一度調布市に足を運んでみてはいかがでしょうか。
小山さん、ありがとうございました!
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