植物には「自家受粉」と「他家受粉」という2種類の受粉の仕組みがあります。この受粉の仕組みは、植物が多くの子孫を残すための戦略で、それぞれにメリットとデメリットがあります。
今回、その受粉の仕組みについてご紹介します。

植物は、動くことができません。そのため、気候変動などで環境が変わってしまうと、子世代は環境に適応できない可能性があります。なので種は可能な限り、様々な形質(乾燥に強い、暑さに強い、寒さに強いなど)を持った子孫をたくさん残り、生き残ることが出来るような仕組みになっています。
例えば、ミツバチは、花の蜜や花粉を集めながら、別の花に飛んでいき、その花の雌しべに花粉をつけます。異なる遺伝子の花粉が雌しべにつくことで親とは違う遺伝子を持つ種になります。こうした違う株の花粉が受精することを「他家受粉」といいます。

「他家受粉」では、両親の遺伝子それぞれが異なるため、違う遺伝子のそれぞれの良いところが種の設計図になることがメリットです。
形質の異なる子孫を増やすために様々な場所へ花粉を届けるための工夫がされています。例えば、風で花粉が飛びやすくなるよう、花粉の量を増やしたり、昆虫を呼び寄せるように蜜を作ったりと余分なエネルギーを必要とすることがデメリットと考えられています。

他家受粉の植物が、自分の花粉で受粉しないための仕組み
◉株によって雌花と雄花が分かれる植物
一般的な花に多いのが、1つの花に雄しべと雌しべが両方ある「両性花」です。しかし、雌と雄で株が分かれる植物があります。それは「雌雄異株(しゆういしゅ)」と呼ばれ、アスパラガスやホウレン草、キウイなどです。

ホウレン草の多くは、F1品種です。種苗会社では、ホウレン草の性転換を利用した方法で、F1品種が作られています。ひと昔前は雄株の花粉を避けるため引き抜き作業は、採種場を巡回して行う必要があるため多くの労力を要し、実用的ではありませんでした。
ただ、雌株の中には枯れる直前に自ら雄花を咲かせて花粉を放出し、受粉に至って種子をつけることがあります。この現象は一種の「性転換」と呼ばれ、現在は、この性質を利用してホウレン草の原種を採種し、F1採種の母親系統に用いることが一般的だそうです。


◉同じ株に雄花と雌花が別々に分かれて咲く植物
トウモロコシ、胡瓜、南瓜などの花は、同じ株に雄花と雌花が咲きます。株の中で雌花と雌花の咲く位置が離れている上に、雄花と雌花の咲く時期がずれるため、別の株の花粉が受粉しやすい仕組みになっています。
トウモロコシの場合、雄花が先に咲いて、雌花が後から咲きます。なので、同じ株の花粉が受粉する確率はかなり低いです。



◉一つの花の中に雌しべと雄しべを両方に持つが、その花の中では受粉・受精しない仕組みになっている植物
特にソバなどの花は、雄しべと雌しべの長さが異なり、受粉しにくい花の構造になっています。また雌しべの中を花粉管が伸びても、途中で止まってしまい、受精しないようになっています。



◉アブラナ科の「自家不和合性」
キャベツ、大根、白菜などのアブラナ科の野菜は、「自家不和合性」という性質を持っています。これは、自分の花粉で受粉(自家受粉)すると種が出来ないが、別の個体の他家受粉すると種が出来るという性質です。これは近親交配を防ぐために植物が持っている仕組みと考えられています。種苗会社はこの仕組みを利用してアブラナ科のF1品種を生み出します。自家不和合性の同じ遺伝子を持っているもの同士では、花粉が受粉されても種ができませんが、違う遺伝子を持っている株から受粉すれば種になります。つまり違う遺伝子を持った親系統を並べて植えれば、その畑で採種された種は、すべてF1品種になるという仕組みです。


自家受粉の仕組み
「他家受粉」に対して、同じ花の花粉が自分の雌しべの柱頭について受精することを「自家受粉」といいます。自家受粉は、花粉と雌しべの卵細胞が持っている遺伝子が同じものなので、親とほとんど同じ遺伝子を持った子孫ができます。
自分の卵細胞に自分の精核が受精する、つまり遺伝子の設計図が同じ者同士が組み合わさるので、同じ形質を持った作物をつくり続けることができます。自家受粉の植物では、茄子、大豆、稲、オクラなどがあります。






自家受粉の植物は、作物を育てる人間にとっては便利ですが、同じ性質を持っているので病害虫や気候変動などの環境の変化で一斉に絶滅してしまう可能性もあるといえます。その反面、近くに仲間の植物が生えていなくても、子孫を残すことができるので、環境が安定している場所では有利です。植物全体では、自家受粉よりも他家受粉が多く、その理由として遺伝的多様性を維持するためといわれています。
「単為生殖」の仕組み
他家受粉、自家受粉も、2つの異なる遺伝子の設計図を使うか、同じ遺伝子の設計図を使うかという違いがありますが、「減数分裂」した生殖細胞で遺伝子の設計図を作り直すと言う意味では同じです。これらを「有性生殖」と呼びます。それに対して体細胞から作られるイモやムカゴのようなに受精していない卵細胞やその他の細胞から作られる種のことを「単為生殖」といいます。
単為生殖では、親の遺伝子をそのままコピーしただけなので、同じ病気にかかりやすく、子孫を一斉に失う危険性を孕んでいるデメリットもあります。


特にジャガイモを栽培する時の種芋は、病害虫があると大幅に収穫量が減ってしまうため、昭和26年から「植物防疫法」に基づいて指定種苗に指定されています。採種体系が定められ、植物防疫所による厳しい検査を合格した種芋だけが販売されています。毎年1000株中、数株がウイルス病にかかっているといわれます。
家庭菜園などでは、種芋を保存することは法律上問題ありませんが、沖縄県では、種芋の持ち出しなどは禁止されています。

雄性不稔性について
野菜のF1品種では、前回の遺伝に関する記事に記載した通り、種を採るためにはメンデルの法則を活用しているため、別の品種の花粉が受粉してしまったり、片親だけで自家受粉してしまっては商品になりません。
一昔前、種苗会社は、「除雄」といって自家受粉する前に蕾を開き、ピンセットで雄しべを除去して他の品種と交配させてF1品種をつくっていましたが、現在では「雄性不稔性」という性質を利用することもあります。「雄性」とは雄しべの花粉のことです。この花粉が遺伝的になくなっている性質を「雄性不稔性」と呼びます。

特に大根、キャベツ、ブロッコリー、カリフラワーのアブラナ科、人参、ネギ、春菊などは「雄性不稔性」を利用されています。

この性質を利用したF1品種の生産に警報を鳴らす方で有名なのが、野口種苗の野口勲さんです。特に雄性不稔の性質から作られた野菜を食べることで、人間の生殖機能に影響が出たり、ミツバチの減少など環境への影響を危惧されています。ただ、雄性不稔の性質というのは植物が進化の過程で備わった機能で、他者からの花粉で種子をつけることで遺伝子の多様性を残すための植物の戦略と考えられています。
特に野生の大根といわれる「ハマダイコン」や宮城県の在来種「小瀬菜大根」という品種からは雄性不稔の性質がよく発見されているようです。

「雄性不稔性」を用いたF1品種のつくり方については、タキイ種苗会社さんの連載や株式会社トーホクさんのWebコンテンツで詳しく紹介されていますので、ご興味のある方はご覧ください。
こうした植物の性質を人間の都合の良いように利用することは、歴史を振り返っても珍しいことではありません。古代から人間は野生植物を「栽培植物」として品種改良、選抜育種をしてきました。
次回は栽培植物の起源から遺伝資源までをご紹介します。
こちらのリンクからご覧にください。
参考文献:
『たねのふしぎ』岩崎書店
『今さら聞けない タネと品種の話 きほんのき』農文協
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